神は存在しているのか、していないのか?
いろんな国にいろんな神があがめられている。はたして神は存在するのだろうか?こんなことを書くと神を信じる人々から非難の声が上がりそうだが、私は思うのだ。神とはなんなのかと。国によって信仰も神も違うが崇められている存在は確かにある。しかし、神という存在が何をしてくれただろう?
誰かが言っていた。宗教を通して争いごとが起こると。崇めている神が争い事を聖戦といって戦わせている名だろうか?否。これは全て人が望んだ事。そして神と呼ばれる存在は存在しない。何故か。人が生きていくにはこの世界は過酷すぎるだろう。そしてそれに耐えるだけの精神力を人は持たない。しかし、自分を支えるものがあれば人は変わり強くなれる。その支えとなるものが神である。私は思うのだ。神が人を生み出したのではなく、人の心こそが神を生み出したのではないかと。
神の存在意義は人の思いから生じる。人が信仰すれば神の格は絶対となり、その存在は人から信じられるようになる。しかし、信仰が薄れ忘れられたのであればその神は存在があやふやになり、そこに存在していたのかもわからず、人々の記憶から消えてゆく。存在がなくなってしまう。神という存在も人の心が生み出したものなのだ。
例えば、苦しい状況にあったとして神に祈りを捧げる。人の身に背負うのには大きな苦痛であったとしても、信仰する神が支えとなり、自分の肩代わりとして半分の苦痛を背負ってもらえていると思うと人はその信じる力が強さとなり耐えられないだろうと思われていた事象にも耐えうる強さを見せつけることがある。人の心の中に宿った神という存在の力だ。
そして神頼みというものが日本にはあるが、神頼みをして願いが叶えられているわけじゃない。それは、その人が頑張った証拠であり、その人の時間と労働力を支払った結果である。しかし、人はそれでも神頼みをするのは祈る力を強める為だと私は思う。強い願いは何よりも望むものを引き寄せる力があるから。
神という存在は人の心が決める。存在を認める事である事が出来る無力でありながら時折その思いから強い力を放つもの。それが存在を認められた人が生み出した神である。
