命の期限を知った時、その時間をどう使うか?

いつでも、いつの時も思い出が素晴らしいものであるように。一分一秒、全ての時間を貴方達にあげるから。どうか悲しまないで欲しい。そして覚えていてほしい。私は幸せだったという事を。

命の期限を知るものはほとんどの人はその期限を精一杯生きる事に注がず、ただ、来る日も来る日も怯えている事が多い。忍び寄る病魔への恐怖。日に日に体力は失われ、苦痛に顔を歪まされている。家族にも当たり気味で我儘をいうことが多くなり、家族はそれを聞き入れる事をよしとしていた。「癌」というものが一般的にその状況を生み出すことが多く、癌が与える苦痛というものは相当なもので毎日それなりの「モルヒネ」を使ったとしても抑え切れる状態ではなかったし、「モルヒネ」の効果は鎮痛だけでなく副作用として血圧の低下や幻覚を見せる事が多かった。

そんな中、一人の男性だけは違っていた。同じ「癌」という疾患を持ちながらもいつも笑顔で家族にも、医療従事者にもあたりが良く、生きるということに諦めの色は見えなかった。いや、期限を知っているからこその強い思いがあってこそかもしれない。その人はたびたび入院をして抗がん剤を受けて一定期間薬の投与を受け終わると家に帰るという状況を繰り返していた。抗がん剤を受けるたびに体力は衰弱し痩せてきていたがそれでも期間が過ぎたら必ず家に帰って行った。苦しいだろうと思うがそれはその人にとってとても必要な事だったのだろう。期限を迎えた時の準備の為に。

抗がん剤の効果も薄れ腹水が貯留するようになってからは家に帰ることは難しくなり、そうなった頃には家族の面会は毎日あった。その時でもその人は弱みを見せず、穏やかで、誰に対しても優しかった。そんな中、命の期限が訪れた。モニターが映し出したのは心拍数の低下だった。声掛けにも応じず、家族が来た際にはようやく一言絞り出すような声で「家族と話がしたい。」との事だった。10分もたたない内に家族から呼び出され、医師とともに訪れた時にはもうその人の時は止まっていた。

モニターに映し出される心拍数もただ心臓が震えるのみの波形を示しており、身体に血液を送り出すという力は残されていない状況で、呼吸が止まっていた。泣き叫ぶ家族に対して声をかけることもできずただその状況を見ている事しかできなかったが、その人の顔はこちらも見ていて泣きたくなるほど穏やかで綺麗な寝顔のようだった。

その人は命の期限を家族と過ごす事に全てをかけていた。家族の悲しみが少しでも軽くなるよう、そして思い出の中の自分がいつでも笑っているよう思い出づくりに励んでいたのだろう。なんて優しく暖かくそして強い人だろうと思った。その時の事を今でも私は思い出す。そして、泣きたくなるような綺麗な笑顔をそこに見るのだ。

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